それから

 

 


 今日、ひとつの命が消えた。
 ――――否。
 消した。
 つややかな栗色の髪と射るような紅い瞳を持つ一人の魔道士を。
 上からの命令だった。危険すぎると判断されたのだ。これ以上、同胞を滅ぼされる訳にはいかないと。


 後悔?


 違う。後悔するなら、命令を拒否すれば良かったのだ。
 逆らわなかったのは自分。決断を下したのは自分。だから後悔ではない。


 哀しみ?


 違う。
 魔族である自分に、そんな人間らしい感情など存在しない。


 憤り?


 誰に対して? あるいは、何に対して?
 第一、怒りを覚える理由などない。


 では、この胸を満たす空虚な想いは何だと言うのだ。
 突き刺すような痛みは何だ。
 苦しさの理由は、いったい何だ?


「教えてください、リナさん……」


 既に屍と化した人間に向かって問いかけた。
 答えが返らないと知りつつ、問いかけずにいられなかった。
 答えを自分で知りつつも、問いかけずにはいられなかった。
 骸は答えない。
 呟きは風に乗り消えた。
 ひっそりと。
















 懐かしい風が肩を叩いた。
 姉ちゃん、とその風に呼びかけられた気がした。
 耳に届く声ではなかった。それでも、期待して振り返った。満面の笑みを浮かべて立っていると、盲目的なまでに信じて。


「リナ……?」


 振り返った先には誰の姿も見出せなかった。人間、と呼べる者はいなかったのだ。その代わりに影があった。
 揺らめいて消える、儚い陽炎のような。
 ふわりと微笑んだ影。
 ごめん、とそれが告げた。肉声ではない、風を空気を震わせない声で。
 がくっと膝が折れた。
 知らされた事実が、あまりにも重すぎて。立ちつづけていられなかった。
















「……――――っ」


 頬を流れるあたたかな雫。
 それが何なのかを意識すらできない。
 ただ目を見開いて呆然と――涙を流していた。

 

 

――終劇。

稿了 平成十二年一月三十一日月曜日
改稿 平成十二年二月二十日日曜日