木漏れ日の中で

 

 


 さわさわさわ。
 風が木々の隙間を縫い、涼やかな音色を聞かせてくれる。ピーチチチチチ……と、どこか遠くから鳥の鳴き声も聞こえてくる。
 穏やかな午後だ。
 木漏れ日は大地に優しい日溜りを作り、傍にある泉はこんこんと豊かなる水を湧き出させている。
 足を進めると雑草が柔らかく受けとめてくれる。さく、さく、と心地いい音が耳に届いた。
「随分いいところだな」
 異形の男が呟いた。
 肌が硬質な輝きを見せている。目の周囲などには石が張り付いているようだ。耳の先端は尖っていて、肌は青黒い。おおよそ人間とは言い難い容姿。
 白の貫頭衣、白のフード、白のマント、と全身白ずくめの格好である。年のころは二十前後に見えるが、実際はもっと上かもしれない。
 やがて男は歩みを止めた。目的地に着いたようだ。
 森の奥深く、誰も足を踏み入れない場所。数人の、例外を除いて。男は数人のうちの一人だった。
「――冗談だと、思ってたんだが」
 溜息のように吐き出された言葉。ここには――この世には、いない存在に向けられた言葉だった。どこか淋しさと悲しみと虚しさの篭った響き。
 男が抱え続けてきた感情だった。数年前から、ずっと。
 リナ=インバースが死んだと噂で聞いた時からずっと――――。
「あんたは、今の俺を見てどう思うんだろうな」
 まだ、合成獣から人間に戻る術(すべ)を求めて迷路をさまよう哀れな男、か。
 それとも。
 諦めない限り、可能性は無限に広がっているのだと――いつか言ったように、微笑んでくれるのだろうか。
「そっちは幸せか?」
 端から見ていて、決して幸せになれぬ女だと思っていた。
 戦いの中でしか生きられない。例え一時期の平和に身を投じても、それは一時期でしかない。いずれは戦いが恋しくなる。戦場のぴりぴりした緊迫感と、殺気の渦巻く空気を忘れられない。
 平和に満足していられぬ性分だったのだ。彼女は。
 死んだ今――――幸せなのだろうか。
 今生では決して幸せを掴めなかったであろう女は。あの世で幸せを掴んだのだろうか?
 男は届かぬ問いをいつまでも投げかけはしなかった。
 ふっと微笑うと空を仰いだ。
「愚問か」
 彼はまぶしそうに目を細めて呟くと、踵を返した。


 そして、元来た道を戻って行った。一度として振り返らずに。






 墓石は木漏れ日を浴びて佇んでいる。淡い陽光を見上げて。
 誰が来ようと変わらず、ただそこに在り続けた――――。

 

 

――終。

稿了 平成十二年三月十五日水曜日
改稿 平成十二年五月十三日土曜日