雨音に包まれて夢を見る――――。

 

 

雨の降る夜は

 

 


 どんよりと、見るからに重たそうな雨雲が空を覆っている。辺りはまるで川のようだった。降り続く雨のせいで、大地が水を吸いきれなくなったのだ。
 そんな土砂降りのなかに立っていた。普通なら雨に濡れる必要など無い。人間(ヒト)ならざる身の自分なら。それでも雨に濡れていたかった。一人で雨に打たれていれば、まるで自分が人間にでもなったような錯覚を起こせる。
 ――――愚か、ですね。
 押し殺したように息を細々と吐く。
 疼く胸の痛み。――何故なのか、よくわかっているが故に無視しきれない。
 雨に打たれて空を見上げる。
 このままずっと、独りで雨の中に立っていれば……この想いもいずれは流され、大地に溶けて消えていく。苦しさも哀しみも、魔族らしからぬ感情も。全て流されていく。また空っぽの自分に戻る。流されるように生きていく、一介の魔族に戻る。
 ――――あなたに……出会わなければ、良かったですよ。ほんとうに。
 そう思ってしまうのは。
 出会って良かったと心の何処かで微笑む自分がいるからだ。人間である彼女のように微笑む自分がいるからだ。雨に打たれてもこの想いは何処へも流されず、己の内に燻り続けるだろうと知っているからだ……。
「どうして、僕は……ッ」
 小さな叫びは雨音に消されて誰にも届かない――――。






 がばっ、とベッドの上に体を起こした。
 ここは、どこ?
 あたしは……雨の中に立っていたんじゃ――。
 思いかけて、ようやく気付いた。今まで見ていたのは夢だったのだ、と。
 外からはざああぁぁぁぁ……という音が聞こえてくる。夜中になって降り出したのだろう。寝る時には降っていなかった。雨が、降っているから。あたしはあんな夢を見たのだ。
 ――雨音が、やけに優しく耳に響いた。
「……ゼ……ロス……」
 名前を呟いて、頬を伝う雫を拭う。
 ――――泣いて、いたのだ。夢を見て。夢の、中でも。
 魔族ゆえに泣けない彼の代わりに。あたしが涙を流した。雨に涙を同化させて。雨で涙を押し流して。
「っなに、してんのよ! 呼んでんだから来なさいよッ! 人がこんな思いしてる時にあんたは何をしてんのよ! また高みの見物とか言って、人の負の感情を食べてるってわけ!? 冗談じゃないわよっ、あたしが……っ」
 どうして。
 どうして、あたしはあんな魔族を想って泣かなければいけないのだ。
 人間を平気で欺き裏切り利用する魔族を。
 ……どうして、愛しい、などと思うのだ……。
 別れは当たり前のようにやってきた。彼は仕事で仕方なくあたしの傍にいた。彼が好んであたしの傍にいたわけでは無かった。
 知っていたはず、なのに。
 どうして別れてから数年経ってしまった今もこんな苦しさを味わっているのか……。
「教えて、よ……答えなさいよ……ッ」
 流れ落ちる涙は留まるところを知らない。
 小さな叫びは雨音にかき消されて誰にも届かず消えた。

 

 

――終。

稿了 平成十二年三月二十四日金曜日