今でも未来(さき)を
あれ、もしかして……。 やっぱりそうか。久しぶりだな。元気だったか? そうか、それなら良かった。オレ? オレも見ての通り、元気だぜ。 懐かしいなあ、何年ぶりだ? まさかここで会うとは思わなかった。どうせなら少し話してこうぜ。ちょうどこの先に酒場もあるし。こんな場所で立ち話ってのも何だしな。 ……なんだ、なにを躊躇っているんだ? 年齢を気にしてるのか? 今更だろう、そんなの。軽い果実酒を一杯くらいなら平気だって。それくらいならオゴってやるよ。久しぶりに会えたんだしなぁ。 んじゃ、そうと決まったら行こうぜ。 ああ、あいつか? ちょっと前に別れたんだ。そーだなー、この辺の話も酒場に着いたらにしようぜ。 いや、別にそう深刻ぶる話じゃあないんだが。話すなら落ちついて話せる場所に行ってからの方がいいだろう? ――――変わった? オレが? そうかぁ? んー……そうだなあ、あいつと離れたせいもあるかもなあ。 離れた理由? 何だったっけなー……。そう怒るなよ。物忘れが激しいなんてオレにとっちゃ、日常茶飯事なんだからな。えばるな? ああ、確かに。えばれはしないな。ま、いいじゃないか。それより着いたぞ。先に入れよ。 いい雰囲気だな。なんか落ちつく。お前さんもそう思うだろ? あいつも好きそうだよな、こういう雰囲気。 ……おいおい、ヤケに絡むなぁ。もしかして、とっくに酒が入ってるのか? そうじゃない? はっきり言わないオレが悪い、って……お前さんもキツイなあ。 ま、事情を話す前に席に座って酒でも頼もうぜ。それからでも遅くないだろう。果実酒でいいよな。オレもそれにしとくか。酔いたい気分じゃないからな。 ――で――そうそう、あいつの話か。 あいつとは、いつだったかなー……半年くらい前か? 離れたのは。 勘違いするなよ、別々に行動しようって言い出したのはオレの方だぞ。あいつが妙にそわそわしてたから……ああ、悪い。最初っから話すべきだよな。 どっから話せばいいかな。あいつらの関係に気付いたところからなら、わかり易いか。 気がついたのは随分前だ。オレが数年前、なんとかっていう魔族に捕まるより、もっとずっと前の話だからな。昔だろう? 正確にいつだ、ってのは覚えちゃいないんだが、一週間くらい野宿をしてた時だったな。昼飯を食い終わってから結構みんなバラバラに過ごしてたんだ。 思えば不思議だよな。オレたちに共通点なんて無いんだ。みぃんな好き勝手して協調性なんて欠片も無い。珍しいパーティーだったよな。 あいつはあいつで独断先行、ワガママ、自己中心的だっただろ? オレはこの通りの性格だし、某国の王女サマは正義かぶれで、一度悪と決めつけると他人の言葉にろくに耳も貸さなかったし、合成獣のヤツは無口で、行動で喋るようなヤツだったからな。これで分裂しないでちゃんと旅ができてたっていうから凄いよ、本当。 他人事みたいに言うな? 仕方無いだろ、もう五年……六年くらい前か? そんな昔の話なんだ。あれが夢だと言われたら信じるぞ、オレは。 おッと、脱線したな。どこまで話したっけ? あぁ、昼飯が終わったあとか。 ま、こんなバラバラなパーティーだったからさ、食後の小休憩の時もてんでバラバラに過ごしてたんだよ。で、いい加減出発するか、って時さ。あいつともう一人の姿が見えなかったんだよな。どっか行ったまんま、戻って来ないんだ。 仕方無いから辺りを探してたらさ。……見ちまったんだよ。 ――焦らすな? まあいいじゃないか、話の盛り上がりどころなんだから。で、何を見たかって言うと……。 あいつと――いなかったもう一人だよ。 そうあからさまに落胆するなよ。ここからなんだ、オレが驚いたのは。 そりゃ、二人が一緒にそこに居ただけなら、オレだってあんなに驚きはしなかったぜ。 驚くほどの何を見たかっていうとな。あいつ、膝枕してたんだ。もう一人の――ゼルガディスに、さ。思わず目を疑ったね。白昼夢でも見たような気分だった。 考えてもみろよ。あいつが膝枕だぜ? それまで女らしさの欠片も無かったあいつがさ、他人に……膝枕なんてするとはなあ。 もっと驚いたのが、あいつ歌ってたんだよ。すっごくキレイな声でさ。子守唄……だったのかなあ。いま思えば。静かで聴いてて誰もがうっとりするような曲だった。あいつの歌声のせいもあるんだろうけどな。あいつが歌ってるとこなんて初めて見た。たしかめた訳じゃないが、アメリアだってあいつが歌うなんて知らないと思うぞ。あれは……きっと、ゼルガディスの為だけに歌ってたんだろうな。ゼルガディスしか知らないあいつの一面ってヤツさ。 ゼルガディスの顔なんてそこからじゃあ見えなかったけど、まあ大体どんな表情なのかは想像できた。たぶん、目を閉じてあいつの歌に聞き入ってたんじゃないか? 身じろぎ一つしてなかったからな。 周り中草木に囲まれて、あいつらのいるところだけに木漏れ日が差し込んできてたんだ。見るやつが見れば、そこを楽園だの二人だけの世界を作ってるだの言うんだろうな。 オレもしばらくは呆然とそこに突っ立ってた。二人がそんな関係だ、って知らなかったせいもあるし、あまりにも穏やかで満ち足りた空間を見せつけられたせいもある。 それ以上に……あいつ、幸せそうだったんだよなあ。ゼルガディスの顔と同じく、あいつの顔も見えなかったけどな。でもなんか、見えた気がしたんだ。オレには絶対見せないような微笑みを浮かべてたんだろうな。 こう、ゼルガディスの髪をさ、自分の指が傷つかないようにそっと梳いてやったりさ、頬とか優しく撫でたり……。 淋しさと、安堵があった。 自称だけどさ、その頃はまだ、保護者だっただろう、オレはさ。その保護者に一言も無かったってな。まあ、普通に考えれば言う必要も無いんだけどさ。でもなあ、一言くらい言って欲しいよなあ。 それから――あいつが、誰か大切な一人、自分にとって唯一無二の存在を見つけられたんだって思うと、ひどく安心したんだ。 あいつはああいう性格だろう? 生き急いで、なにかにせっつかれるように生きてる。今さえあればいい、みたいな刹那的な生き方をしてる。それじゃあダメだろう。 なんて言うかさ、時間は絶えず流れてて、当然過去があって現在があるだろ。現在が未来に繋がってる。現在が楽しければいい、じゃなくて、現在が楽しいなら未来も楽しい方がいいだろう。あいつに、未来も考えて欲しかったんだ。 あいつ一人じゃあそう考えられない、っていうなら、誰かが傍にいるべきだ。あいつに未来を考えさせられるような誰かを見つけて欲しかった。 それと、あいつはどうも突っ走り過ぎる。もっとゆっくり歩いてもいいと思うんだよな。前見て走るのもいいけどさ。ずっと走りっぱなしじゃあ疲れちまう。いい具合にペースダウンしないとな。 あいつも強情だし素直じゃない。バテても絶対にそんな素振り見せないし、弱音も吐かない。それじゃあ余計に自分を追い詰めるだけだろ。 誰かが傍にいてやらなきゃダメなんだよ。あいつの未来まで一緒に生きて、あいつを楽にさせてやれる誰かがさ。 だからゼルガディスと二人でいるところを見た時、あいつ自身がその誰かを見つけられて良かったって、ほんとうに心からそう思ったんだ。 ん? 二人を見つけたあとか? お邪魔虫になる前にとっとと退散したよ。馬に蹴れちゃ敵わんからなぁ。だってどう見たって恋人同士だろ、あれは。 いっくら鈍感なヤツでもあの場面を見ればわかるだろうさ。確信するよ、二人は恋人以外の何者でもないってな。 ……それでどうしてオレがあいつと離れる理由になるか、って? せっかちだなあ、順を追って話しているだろう、いいから聞いてろって。 まあそんなことがあって。でも表面的には誰も何も変わらなかった。オレもそんな場面を見たなんてあいつやゼルガディスに言うほど野暮じゃない。見つけた瞬間はともかく、その場から立ち去った時は気配を殺してたからな。あいつもゼルガディスもオレの存在に気付いてなかったんじゃないか? ずっと身守ってきたリナをあっさり攫ってかれて淋しかったり悔しかったりしたけどな。オレがどうこう口出す権利なんて無いしなあ。所詮は自称、保護者だ。 いじけてなんかいないぞ。事実だ。 で、それから魔族とのごたごたがあって、気付いたら光の剣も無くなってて。オレはあいつとの二人旅に戻った。 あいつがゼルガディスと別れ際に何を言ってたのか、なんて知らんが、どっちも納得して別れたみたいだったから、オレの出る幕は無かったんだろうな。 それからしばらくして、また魔族とのごたごたに巻き込まれて。全部が一件落着した一年後くらいか。 オレ、知らなかったんだけどな。あいつ、ゼルガディスとずっと手紙のやり取りをしてたらしいんだよ。それも結構マメに。どっちも筆不精な感じがするだろ? 好きな相手ともなると変わるんだな。 そんな感想はどうでもいい、って……聞いてくれよ、話す相手がお前さんくらいしかいないんだ、今となってはさ。 アメリアだってもうセイルーンから出る暇も無いほど忙しいみたいだしさ。そもそも王女様だろ、普通ならオレなんかの傭兵風情が気軽にほいほい声をかけてもいい身分じゃないんだよな。どうもセイルーンの王族ってのはそういう常識を忘れさせてくれるんだけどな。お前さんもそう思わないか? あれじゃあ重臣たちも大変そうだよな。 シルフィールもサイラーグの復興に忙しいみたいだからなー。手伝いに行こうかとも思ったんだが、……冷静になって考えると、オレじゃあ何も手伝えないんだよな。せいぜい力仕事でしか役に立たない。足手まといになり兼ねないなら、行かない方がいいかな、ってな。 それで……えぇと、そうそう、手紙だ手紙。 ごたごたが済んだ一年後くらいに、あいつが妙にそわそわしだしたんだよな。理由を尋ねても困ったような照れたような複雑な顔で何でも無いって言ってたんだが。 ある日、聞き出せたんだよ。「手紙が来ないんだ」って。 マヌケだよなぁ。あいつがそう言うまで手紙のやり取りがあったなんて全然気付かなかったんだぜ? オレは。 何とかあいつを大丈夫だ、心配いらないって宥めて、それでも二人して旅を続けてたんだけど……考えてみりゃ、おかしな話だよ。そうだろ、恋人とか血の繋がった親子じゃないんだぜ、あいつとオレはさ。それなのに、旅をする理由も無しにあっちをフラフラこっちをフラフラ……。 手紙が届こうと届くまいと、オレがあいつと一緒にいても意味なんてない。そう気付いちまったんだよ。もちろんオレはあいつとずっと旅をしたいと思ってたし、二人旅が苦痛になった訳じゃない。出来ればこのまま一緒にいたかったさ。けど、なぁ。 あいつだって血の繋がりの無い保護者とずっといるより、むしろゼルガディスと一緒にいるか、本当の保護者の元にいるべきだろ? 尤も、もうあいつはお子様なんかじゃない。名ばかりの保護者なんて必要ない。 それに……それに、あいつさ、オレの前で初めて弱音を吐いたんだよ。泣くのを必死で堪えてるような、見てるこっちが辛くなるような瞳でさ。「あたしなんかどうでも良くなったのかも」とか、らしくもなく。 不安だったんだろうな。数年間一度も顔を合わせないで、相手の近況を知る術(すべ)は手紙のやり取りだけ。しかも今まで定期的にきっちり送り合ってたらしいんだ。そこにぷっつり連絡が取れなくなったら不安にもなるよな。何かあったのか、手紙すら出せないような状況に立たされているのか、それとも愛想を尽かされた、嫌われたのかって、いろいろ心配になる気持ちもわかる。 そう思って、さ。別れようって切り出したんだ。手紙のやり取りが出来なくなって、不安だって言うなら探せばいいんだ。直接、会いに行けば不安も無くなるだろ。……オレはゼルガディスがあいつに愛想を尽かすなんて有り得ないって、確信してたけどな。けどそれをあいつに言っても無駄だってわかってたからさ。あいつの不安を解消させてやれるのはオレじゃない。ゼルガディスだ。悔しいけどな。 で、まあ言い出したは良かったんだが、間が悪くてな。いきなり野宿している最中に、何の前置きも無しに言い出したからさ、オレも。とりあえずの目的地としてた街まで一緒に行こうって決まったんだ。 でも、その街につく前のちっちゃな村でさ。収まってたあいつのそわそわがまた復活したんだよ。 今度は前のような不安そうな表情じゃなくて、なぁんか焦ったような印象だったんだよな。そこでピンときたんだ。来なかった手紙が届いたんだな、ってさ。内容までは知らないし、そもそも本当に手紙が届いたのかどうかさえ知らないが。確認取った訳じゃないからな。だけど、確信はしてた。ほら、オレってそういう勘は鋭いだろ? ……野生の勘? 悪かったな、動物並で。いいんだよ、頭が使えない分、こっちが発達したんだよ。 で、だ。目的の街まで一緒に行くより、ここで別れちまった方がいいな、って思ったんだよ。多分、目的の街に行くとゼルガディスのいる場所より遠回りになるんだろうな。だからあいつもそわそわしてたんだ。どうせすぐ先にはオレと別れる。だがこのまま一緒にいるとゼルガディスのいる場所にすぐに辿り着けない、って――そう思ってたんじゃないか? ちょっとの時間でも惜しかったんだろうな。 そりゃそうだ、別れてから手紙のやり取りだけで三年……四年か? 一日でも早く会いたいよな。手紙を読んで、あいつも居ても立ってもいられなくなったみたいでさ。読んだからこそ余計に会いたくなったんだろうな。手紙だけじゃもう我慢できない、顔を見たい。会って話をしたいって。 ……口に出して言われなくても、思いは伝わるさ。あいつも隠し事、へたくそだからな。全っ部顔に出るんだ。隠したいと思っていればいるほどな。 だから別れようってもう一度あいつに言ったんだよ。ま、あいつもお人好しだからなぁ。どうして、って理由を聞いてきて、まだ目的の街に辿り着いてないじゃないってオレを引き止めたんだよ。 でもここまでわかってて一緒にいられる訳、無いだろう? 適当に理由をでっち上げて別れたんだ。正直に理由を話しても良かったんだけどな。言うとあいつ、変な意地を張って否定するからな、絶対。そうなったら何が何でもオレと目的地にしてた街まで一緒、って展開になるだろう? そんなんじゃ、別れようって言い出したオレの立場が無いし、あいつも早くゼルガディスと会いたいだろうに会えなくなるから…………なに笑ってるんだ。 オレにしちゃ、頭を使ってる? 余計なお世話だ。オレだって頭は使う為にあるって知っているんだぞ。それに何よりあいつの幸せを考えるとな。普段は使わない頭でもこんな時くらいは使っておきたいだろう。 まあそんなわけだ。だからオレはこうして気楽な一人旅の真っ最中、って訳さ。 ――――え――――リナに、会った? いつッ!? 何処で!! ……あ、あぁ、悪い。つい。 ――へぇ……ゼフィーリアで二ヶ月ほど前、ねえ。そういや、ゼフィーリアってリナの故郷だったな。 ゼルガディスもいた? そう、か。笑ってたんなら、幸せなんだな。そりゃ良かった。オレも早目に別れた甲斐があった。 笑ってるとこを見ただけ? いいじゃないか、無理してるような笑顔じゃあなかったんだろ? なら幸せなんだよ。 …………。野暮な質問をするなよ。そうだよ、オレだってリナを好きだったさ。でも仕方ないだろ、あいつにはとっくに好きなヤツが出来てたんだ。オレの入り込める余地なんて無かった。気づいた時には手遅れ、ってヤツだ。 無理やり奪おうなんて考えなかったよ。だってオレは、あいつが笑ってくれるならそれでいいんだ。他にはなにも、ほんとうに何も望まない。 オレの方がお人好しだって? ……そうかもしれないな。結局は自分を犠牲にしてあいつの幸せを叶えてやった形になるんだろうからな。でも後悔なんてしてないさ、もちろん。さっきも言ったろ、あいつが笑ってくれるならそれでいいって。自分なんて二の次三の次だ。 あいつがゼルガディスと一緒にいて、笑ってたって聞けた今は、もうそれで満足だ。 いま? 今は……適当に、元のように傭兵をやってる。この街へは、ちょっとした息抜きさ。二つ三つ連続で仕事を片付けてきたからな。懐もあったかいし、しばらくはのんびりしとこうと思って。 ――――そう、だなぁ……じゃあ一緒に行くか? 迷惑なら元から言わないさ。それに、少し一人旅が淋しくなってた頃だったしな。 よし、決まりだ。今日からよろしく頼むぜ、相棒! そうと決まればちびちび果実酒なんて呑んでないで、大ジョッキでどんどん呑もうぜ! 明日? これくらいで二日酔いになってちゃぁオレの相棒はつとまらないぞ。……何を言ってるんだ、オレはまーだ全然酔ってないって。顔だって赤くないだろう? そうそう、オレが同伴者と決まったからには盗賊イジメなんてさせないからな。はは、普通はしないか。 それより乾杯だ乾杯。 何に? って――そうだなー……。 オレたちの未来と、……それからリナと悔しいがゼルガディスの幸せに。 「乾杯!」 ――終。 あとがき |
稿了 平成十二年六月四日日曜日
改稿 平成十二年六月三十日金曜日