悲しみから生まれた子供たち 戻っておいで、我が手の内に 世界と生を疎み嘆く子供たち 戻っておいで、楽になる為に 苦しみ叫ぶ子供たちよ 戻っておいで 我が手の内に |
堕天
闇。 あるのはただ、一面の闇。 右も左も上も下も前も後ろも無い。 音も生物も存在しない場所だ。この闇に属する者たちを除けば。 ゆらゆらと水中を漂うように闇の中を移動する。 このごろの日課だった。大した仕事も無く、暇を持て余している時は。 苛立ちのような、怒りのような、哀しみのような、寂しさのような。妙な感情が自らの内に渦巻いている。日を追う毎に拍車が掛かる。 魔族である己が負の感情を撒き散らすとは。なんとも滑稽だ。 皮肉ってみても、抱え込んでいる感情が消える訳でもない。 もし身を置いている場所が人間界だったなら、腹立ち紛れに何処かの町を一つ、消していたかもしれない。 遣り場の無い感情。発散させようも無いフラストレーション。 行き場の無い問いが何度も空回りを続ける。 「どうしたの」 はっと我に返る。 慌てて頭を垂れ臣下の礼を取った。 主の気配に気付かないほど呆けていたのか。 目の前には自分を生み出した存在が佇んでいた。 「ゼロス?」 「――――……」 咎める響きはない。 だからか。言うつもりの無かった言葉を吐き出したくなったのは。 ながい間、もうずっと長い間、抱きつづけてきた思い。 「何故……僕たちは生まれたのですか」 「世界と共に滅びるためよ」 「では何故僕たちは生きているのですか」 「世界と共に滅びる為よ」 主は突然の問いにもかかわらず、あっさり答えた。上司の言葉には揺らぎも迷いもない。 当たり前だ。彼女の答えは自分たちの本能であり存在意義なのだから。本来ならば疑問を抱く余地も無い。だが……。 「ならば何故人間は生まれてくるのですか」 何故この世界は存在するのだろう。 所詮、滅びるのに。 何故生まれる必要があるのだろう。 ――――それとも魔族の存在こそが間違っているのだろうか。 「あの御方は、何故僕たちを作られたのですか?」 広がる闇。借り物の器を捨て、自らの意識を同化させる。 「私に作られたことを恨んでいるの?」 怒りは感じられない。逆にいたわるような響きすらある。 「いいえ」 首を左右に振り否定していただろう。ここが人間界であったなら。精神世界に身を置く今、そんな仕草など意味を為さないが。 「いいえ――そうではありません。ゼラス様」 ぬるま湯に身を浸すような感覚。心地良くもあり、悪くもある奇妙な感覚だ。 「ただ、思うだけです。僕たち魔族は……永く、生きすぎました」 こんな世界に何故生まれたのだろう。 生を疎む筈の僕ら魔族が何故、生きる為に生まれてくる人間たちよりも永く生きねばならないのだろう。 生きる為に生まれてきた生物たちが繁殖しているこの世界に、僕ら魔族の居場所など無い。腐敗した世界に、何故生まれたのか。 何故……あの御方から切り離され生まれてきてしまったのだろう。 「――――疲れたのね、ゼロス」 不意に、優しい何かが意識に触れた。ゼラス様の意識が僕の意識と触れ合ったのだ。人間同士ならば温もりを感じた、というところか。 「滅びのための生に、疲れてしまったのね……」 還りたい。あの御方のもとへ。眩しい闇の中へ。もどりたい。一つに戻りたい。何もかもが有り、故に何も無い混沌へ。 我らが魔族が抱き続ける生の苦しみから解き放てるのはあの御方のみ。すべてが生まれすべてが還る母なる存在。 「何故こんな世界に生まれたのですか。何故、こんな世界が生まれたのですか」 問いには誰も答えられない。わかっている。答えられるのは二つ名を口にするのも恐れ多い存在のみだ。 「僕たちを救えるのは……あの御方だけです……」 永劫の時を流離う魔族。 生きていればいるほど、痛みにも似た感覚に襲われる。途切れのない時間は苦しみを助長させるだけだ。生きていたくない。早く滅びてしまいたい。全てと共に、無に還りたい。 ゼラス様は何も言わなかった。 闇の濃度が、増した気がした。 生きる喜びに満ちた世界。 あなたの生み出した世界であなたの気配を探す。 腐りきった世界に散らばったあなたの欠片を、探し集めて。 滅びを撒き散らしながら闇へ還りたいと願ってる。 昏い欲望に身を浸している。 |
子守唄が聴こえる 心地良い眠りへいざなう子守唄が あなたが僕たちのためだけに歌う子守唄 闇の中で還っておいでと歌ってる あなたの声が木霊する |
――終。
稿了 平成十二年十月二十四日火曜日
改稿 平成十二年十月二十七日金曜日