わたしの――わたしたちの、たったひとり。 |
風の行先 2
ONLY ONE
はっきり言ってしまえば。 とても単純且つ明快な理由なのだ――恥ずかしくも。 わたしはゼルガディスさんが嫌いだ。 それは彼が無口で必要以上に喋らず、普段なにを考えているのか全くわからないから、だったり、多少更正したらしいとは言え、以前は平然と悪事を働いていたという過去があったからだったりと理由は様々だ。でもそれらは嫌いな理由の言わばおまけだ。 一番癪に障る理由として挙げられるのは――――。 |
あっと思った時には遅かった。 「……はぐれたな」 彼にしては珍しく感情を露にし、言った。チッと小さく舌打ちの音まで聞こえる。 舌打ちしたくなるのはこちらの方だ、と憂鬱に思う。なんだって彼と二人きりの状況になってしまったのか。 「魔皇霊斬」 彼の剣が紅く染まったのを横目に見、早口で呪文を唱える。 「烈閃槍っ」 よろよろと近付いてきたレッサー・デーモンに止めを差した。 顎を伝う汗を手の甲で拭う。いったい残りが何体いるのか、数える気も失せる。けれどわたしは――――わたしたち、は。まだ楽なのだ。油断しなければレッサー・デーモンの繰り出す炎の矢など難無く避けられる。傷を負う心配は無いと言っていい。地道に倒して行けば必ず終わる戦闘なのだ。だが……。 休む暇も無く次の呪文を唱える。 「ッの!」 ざぞんっ、とレッサー・デーモンが腹を薙がれる。そこに「青魔烈弾波!」とわたしの放った青い光がレッサー・デーモンを直撃した。 焦りと、苛立ち。 多くのレッサー・デーモンがわたし達へ向かって来た代わりに――リナ達へは、純魔族が向かった。まるで牛を連想させる白黒模様の人型が一体と、動かなければ大木と勘違いしそうな容姿の魔族一体の、計二体が。 レッサー・デーモンよりそちらの方が遥かに脅威だ。故に焦っているのだ。早く雑魚を倒してリナ達の応援に行かなければ、と。 唸り声に後ろを振り向く。炎の矢が目前まで迫っていた。紙一重の差でかわす。 「――烈閃咆ッ」 白光がまた一匹、レッサー・デーモンを土へ還した。 |
戦闘が終わる頃には汗だくになっていた。 いくら雑魚でも数で圧されるとキツイ。 「ようやく、終わりましたね」 わたしと同じく疲労の色を表情に滲ませている仲間に言った。とは言っても、わたしより余裕があるようだ。息を乱していなければ汗もかいていない。男女の差、プラス基礎体力と彼の合成獣の体にも起因しているのだろう。タフさが羨ましいと同時に妬ましくもあり悔しくもある。 わたしは何一つ彼に勝てないのだろうか。 「ああ」 彼はキン、とブロード・ソードを鞘に戻したところだった。 こんな場所でぐずぐずしているより、早くリナのところへ行きましょう――そんな言葉を口に出そうとして、動きを止めた。 「あ」 二の腕辺りの服が焦げている。 わたしの、ではなく、彼の。当の本人は、わたしの視線を追って何に対する指摘の声だったのか理解したようだ。 「放っておけば治るさ。この程度の傷なら」 ……どうやら。彼は他人に無関心なだけでなく、それ以上に自分に無関心だったらしい。 「駄目ですよ。破傷風にでもなったらどうするんですか。ちゃんと治して――――……」 言って、決まり悪げに横を向いた彼にもしかして、と閃いた。 「……使えないんですか。回復呪文」 彼は暫しの沈黙の後、「あぁ」と観念したように呟いた。 驚きを覚えると同時に――込み上げる、歪んだ嬉しさ。 気付けばくすりと笑みをこぼしていた。訝しげに目を細めた彼に、我ながら意地が悪いと思いながらも笑顔を向ける。 「すみません。……つい嬉しくて」 「……。うれしい?」 ゼルガディスさんは鸚鵡返しに呟き首を傾げた。わたしは微笑みを浮かべたまま頷く。 「ええ。たった一つでも勝てることがあるんだと思って」 疑問が減るどころか増えた、と書いてある顔に、けれど親切に教えようだなんて思わない。教える義理も無い。 「腕、出してください」 ゼルガディスさんはわたしの台詞に驚くほど素直に従った。貫頭衣から片方の袖を抜く。わたしの先の言葉について追求しないのは、問うても答えないと悟っているからか。 「悪いな」 眉を寄せる。――悪いと本当に思っていない軽い調子に腹が立った、訳ではない。 「どうして謝るんですか」 急に不機嫌になったからか、ツンケンした態度にか、それともトゲだらけの言葉にか、或いは思ってもみなかった質問を突きつけられたからか。それともその全部にか。ゼルガディスさんは目を丸くした。 「謝ることでもしたんですか?」 わたしは身長差から自然、彼を見上げる姿勢だ。そのせいで睨み付けても威力は半減している。わかっているから苛立ちも相俟って彼を睨む目に力を込める。 「いや……手間を掛けさせて悪いと思ったから、だ」 「それならどうして治癒(リカバリィ)すら知らないんですか? ゼルガディスさんくらいの魔法の使い手なら、知らない方がおかしいです」 噛み付くように言い連ねる。 「普通、旅を始める前にこの程度の術は覚えます。覚えておくのが常識です。生きる為に。仲間と旅をするんだったら、仲間の負担にならないように。それが仲間に対しての礼儀です」 彼がリナと出会う前、誰と何処でどんな生活を送っていたのか、なんて知らない。知りたいとも思わない、が。 治癒も知らなかったところを考えると、碌な人生を送っていなかったのだろう。少しでも心を許せる誰かが傍にいたなら、治癒程度の術なら覚える筈だ。自主的に。掠り傷なら自分で治せるように。傷を負う度に仲間を頼っていては、仲間の重荷にしかならない。はっきり身も蓋も無く言ってしまえば、迷惑だ。 「…………」 応えない彼には構わない。治癒を唱え剥き出しの腕を取る。青黒い肌は一部分だけ赤茶色だった。レッサー・デーモンの炎の矢が掠ったのだろう。 もともと小さな傷だ。傷口は待つ間も無く跡形も無く消えた。 「――大切な人を、絶対に失わない方法って何だと思います?」 轟音が遠くで響いていた。リナが竜破斬かなにかの威力の大きな術でも使ったのだろう。近くに村や町は無い。被害が及ぶかもしれないという心配は無用だ。この場は奇妙に静まり返っていた。そのせいか、あとに長く尾を引く轟音が何処か遠い世界から聞こえてくるように思えた。 ゼルガディスさんは唐突な問いに面食らっているのか、沈黙を保っている。彼の答えを待たず正解を言う。 「大切な人を作らないこと。それが一番の近道です。作らなければ失いようがありませんから」 未だ掴んでいた彼の腕を放す。ぶらん、とだらしなく彼の体の横に納まった。 「そう、だな」 彼はわたしから視線を外し目を細めた。 何を考えているのか。誰を、想っているのか。わかるから苛立ちが募る。 なにもわかっていない彼が腹立たしい。 大方……自分の想いを封じ込めようとでもしているのだろう。 「――でも」 だからわたしは彼が嫌いなのだ。 「自分で作ろうとしなくても、大切な人なんて自然に出来ちゃうもんなんです」 視線は外れたままだった。 だが微かに彼の肩が反応した。 「作りたくないって思っていても」 ふい、と今度はわたしが彼から視線を外す。視線だけでなく、背も向けた。わたしに向き直る彼が視界の隅に入ったから。 「――アメリア」 後押しなんてしたくない。本当は、こんな敵に塩を送る台詞なんて言いたくない。だけど。 「謝るくらいなら術を覚えて下さい。悪いと、本当に思っているなら」 だけど、仕方ない。 わたしじゃあ、大切な人を守れない。 わたしの大切な人は、わたしを見ていないから。 わたしじゃ駄目だから。自分から動こうとしない人を動かすしか無い。 「術を覚えようとすらしないで言葉だけの謝罪で済まそうだなんて、そんなのただの怠慢です」 足を一歩、また一歩と踏み出す。彼から距離を作る。リナの元へ戻る為に。辺りはほぼ無音だった。先ほどの術でカタがついたのだろう。加勢に急いで戻る必要は無くなった。それでも急ぎ足になるのは……ゼルガディスさんから早く離れたいと思っているからだ。 誰だって嫌いな人間より好きな人間の傍にいたいと思うだろう。 「それから……こういう時は、悪いなんて謝罪じゃなくて、ありがとうって言うべきですよ」 ゼルガディスさんは遠くない未来に治癒を覚えるだろう。これで何一つ彼に勝てなくなるのか。 面白くない予感に苦虫を噛み潰した。 外れてほしい予感ほど当たると知っていたから……。 |
豆粒ほどの人影が徐々に大きくなり、やがて見慣れた姿へと変わる。 リナはわたしたちの気配だか足音だかにこちらを振り向いた。今までガウリイさんの手当てでもしていたのだろう。傍らには自称保護者の姿もあった。 「ゼル! アメリアも」 弾んだ声とつり込まれるほど輝いた笑顔。 「無事か? さっき、随分な大技を使っていたみたいだが」 リナは、わたしに向けた訳じゃないから。 「見ての通り、無事よ。ゼルたちも無事みたいね」 わたしでは彼女を独占できないから。 「見ての通り、じゃないだろ。ったく、あんな至近距離で竜破斬なんか使って。下手したらお前まで衝撃の余波を食らうところだったじゃないか」 わたしの先には彼女と共に歩む道が広がっていないから。 「あーッ、なにバラしてんのよ、言わなきゃわかんないのに!」 わたしの望みは全て、彼にしか叶えられないから……。 「……おいリナ……」 だから、わたしは彼が嫌いなのだ。 誰にも聞こえぬようにこっそりと……でも長く深い溜息をついた。 「リナの馬鹿」 それでも彼女が選ぶのならば、仕方ない。 行き場の無い思いにもう一度、今度は心の中で溜息をついた――――。 |