| 恋敵 |
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煙草はキライだ。 健康に良くない。と言うか悪い。周囲の人間が吸っている本人より被害を被るのだ。納得いかない。 その煙は喉や目を痛める。においも好きになれない。生まれつき喉が弱く、煙の――もとい煙草のにおいが微かに漂う程度でも過敏に反応してしまう。一つところに留まって吸っていれば、壁紙など黄色く変色する。 健康に悪い。周囲にも迷惑。歩き煙草は事故の原因。 マナーが良いひとはまだいい。だがそうでない喫煙者のほうが圧倒的に多い。批難すべき点ばかりだ。 ……なんて。ほんとうは全部、建前だ。 本音は――――。 身を屈め火をつける姿を見咎める。 彼はチラと寄越した視線に気付き僅かに苦笑したようだった。大方、またうるさく言われるなとでも思っているのだろう。 彼はチェーンスモーカーだ。ポケットには煙草の箱とライターが常備されている。言葉通り肌身離さず持っている。持っていない時は入浴中と就寝中のみだ。とは言っても夢の中でも煙草を吸っているに違いない。 四六時中ずっと一緒。二十四時間、三百六十五日、年がら年中、平日も土日も祝祭日も盆暮れ正月も一切関係無く。 べつにっ、羨ましいなんて思わないけど! 紫煙を吐き出す彼から視線を外す。 煙草になれたらいいのに。 彼の指に支えられて。唇に包まれて。あかい灯に体をじりじり焦がされる。やがて燃え尽きて灰になる。風に飛ばされ空気に溶ける。火を消されたら彼に始末される。 一生涯を彼と共に過ごせるのだ。始点が彼、終点も彼。 人間同士はどうなるかわからない。 永遠などどこにもない。気持ちがずっと続くなんてありえない。 いつ切れるとも知れない細く脆い糸。不安定なバランスに振り回されるくらいなら、いっそ……。 ぽん。 軽く肩を叩かれた。反射的に振り仰ぐ。 見れば困ったような顔の彼だった。煙草はもう手にも口もとにも無い。さっさと捨ててしまったのか。 機嫌を損ねたと勘違いしたようで。ご機嫌取りで差し出された手をじっと見つめる。 ――――煙草には、ならなくてもいいかな。 しょうがないなという顔を作って差し出された手を握った。さっきまで煙草を持っていた手だ。いまは自分だけの為に在る手だ。 煙草だったら彼と会話を楽しめない。自分からは触れられない。触れてもらう時を待っているだけ。 捨てられたらそれっきり。きっと思い出しもしてくれない。べつの煙草に口をつけているだろうから。 そんな寂しすぎる一生なんて送りたくない。だったら人間のままでいい。永遠なんて無いけど。想いがいつか薄れて消えてしまう日を迎えてしまうかもしれないけど。 人間がいい。煙草よりも。 会おうと思ったら会いに行ける。話したかったら口を使えばいい。触れたければ手を伸ばす。届く位置にいるから。 すきという気持ちが消えないように。自分の中にも彼にも刻み込んで。忘れないように、忘れさせない為に。 自分が煙草だったらこうはいかない。燃やされて捨てられて、終わる。一方的に、強制的に。自分の意思の介入を許されない。人間で良かった。人間に生まれ人間の彼と出会えて。よかった。 それでもやっぱり煙草は嫌い。彼の体の一部をいつでも独占しているから。 絶っっ対に禁煙させてやる。 ここ数年の誓いを改めて心に刻みつけた。 |
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| ――終。 稿了 平成十五年二月十七日月曜日 改稿 平成十五年三月一日土曜日 |