flame
2










 パキッ。
 枯れ枝は綺麗に真っ二つに折れた。
 火が実際の年齢より幼く見えるかんばせを赤々と照らしている。栗色の艶のある髪も火に照らされ、瞳と同じ色に見えた。
 少女は緋色のシャツに同色のズボン、白のブーツに黒のマントを羽織っている。普段の格好とほぼ同じだ。違うのはショルダー・ガードなど寝る時に些か邪魔になる装備を身に付けていない点くらいだ。装備していない呪符(タリスマン)やショルダー・ガードは脇に置かれていた。
 折った枝を半分、また半分と、これ以上は折れないという長さまで折る。手にした枝をほぼ折り尽くすといくつもの枝の欠片を掌に並べた。彼女が手にしているのは薪に使う為に集めた枝のようだった。
 ザラザラした感触は心地良いと言えない。グローブは呪符と一緒に体の横にある。素肌に痒いような痛いような、くすぐったいような。微妙な感触が伝わる。――この場にいない誰かさんのよう。
 顔を突き合わせれば皮肉嫌味悪口雑言の応酬。決して仲良しとは口が裂けても言えない間柄なのに。いないと妙に気になる。
 ふっと嘆息してバラバラと火に落とした。
 意味のある行動とは言えない。枝を何本か纏めて火にくべるならまだしも。燃え種としては役不足だ。どれも小指の半分ほどの太さと親指の半分ほどの長さしか無い枝なのだから。現に火は舐めるように欠片を飲み込んだあと、その大きさを変えていない。
 意味もなく枝を折る作業に飽きてぼうっと火を眺める。
 しんと冷える夜の空気から守ってくれる。だが近付きすぎれば容赦なく肌を焼く。風が吹けば流され、気紛れに燃え盛る。火の粉を散らし動きを全く予測できない。
 突付くと面白い。ただし迂闊な行動はこちらに害を及ぼす。それはまるで。
 懲りずに足元から小枝を拾い折る。
 ぱきん。
 頭にこびりつく存在は何をしても無駄だと嘲笑う。
 炎にダブる影は少々の音を立てたところで消え去ってくれない。かと言ってどうしても考えたくないという訳でも、ない。自分でも不思議だ。
 衝突ばかり繰り返していた。だから彼を嫌いなのだと思っていた。
 嫌いで嫌いで彼の一挙手一投足が気に入らない。紡ぎ出される言葉、何気ない仕草に至るまで全て。気にしたくないのに目に付く。傍にいようがいまいが常に頭の片隅を占拠している。いまのように。
 ――――それは恋に似ていないだろうか――――?
 不意の思い付きを馬鹿な、と嗤った。考えすぎだ。
 成り行きで何度か共同戦線を張っただけの関係だ。共に行動していた時、色気のある会話の一つも交わさなかった。交わす気もさらさら無かった。第一、彼は連れの女性に惚れ込んでいる。
 考えるのをやめ、再び枝を折っていく。今度こそ何も考えないでいられるように。炎を見ても心を動かされないように。
 折った枝を炎の中に捨てる。別の枝を拾ってぱきん、と折る。折った片方を更に折ろうと指に力を込め――そばから聞こえてきた衣擦れの音に顔を上げた。
 目を向ける。旅の連れがむっくり身を起こすところだった。
「ごめん、起こしちゃった?」
 少女の問い掛けに、うー、だかんー、だか判別し難い声を返す。
 彼は目を擦り、のそのそ立ち上がった。夜の冷たい空気を肺いっぱいに詰め込むように伸びをする。無理な体制で寝ていたからか、体がパキリと鳴った。
 金髪が炎でチリリと輝く。
「なにやってたんだ?」
 彼の視線は少女の手の中の枝に注がれている。
 少女は欠伸を挟んだ問いに困ったような苦笑を浮かべた。男の一連の動作を眺めていた目を焚き火に戻す。
 持っていた枝を火に放り込んだ。
「ひまつぶし、かしら。手持ち無沙汰だったから」
 炎は大きさを変えていなかった。枝一本では足しにもならない。
 膝を抱えた様は年齢より彼女を幼く見せていた。迷子になって途方に暮れた子供のようにも、親に叱られ拗ねている子供のようにも見える。
「そろそろ夜番、代わるか」
 眠いなら代わるぞ、の優しいセリフに首を振る。横に。前髪が首を振った拍子にさらさら揺れた。
 彼女は揃えた膝に顎を乗せ、呟くように言う。
「ガウリイはまだ寝てていいわよ。夜番を代わるには早いし」
 続く言葉と本音を喉の奥に押し込めた。
 そして我に返って息を飲む。
 何を言おうとした?
 どうして彼の申し出を断った?
 眠気はない。夜番は辛くない。疲れてはいる。横になって目を閉じればすぐに眠れる程度には。自称保護者の申し出を有難く思いこそすれ断る理由なんて無い。無い、はずだ。なのに。
 何を考えるより早く自然に出てきた拒絶。飲みこんだ言葉。
 ――――ここにいたい。まだ炎を見ていたい。
 感情が理性を裏切っている。
 どうして、という言葉ばかり頭をぐるぐる巡る。動揺を外に出さぬよう努める。きゅっと唇を噛んだ。
 ガウリイと呼ばれた男はぽりぽりと頭を掻き少女の小さな体を見下ろした。少女の内心の動揺に気付いたようには見えない。
「いいさ。どうせ目も覚めちまったし」
 言って焚き火を回り込む。少女の向かい側、大木の太い根っこに腰を下ろした。地面はぬかるんでいるとまではいかないが、それなりに湿っている。黄昏時まで降っていた雨のせいだ。
 少女はもう寝る気は無いという言外の言葉と行動に火を通して剣士を見る。彼はくぁ、と口を開けて欠伸をしたところだった。
「オレよりお前さんはどうなんだ。そろそろ眠いんじゃないか?」
 どうしてか。彼の碧眼を直視できない。
 目を逸らし焚き火を見つめる。
「だいじょうぶよ。眠くないから」
 強がる言葉には聞こえない。拒絶の言葉に聞こえる。放っておいて、という。
 視線は一心不乱に炎を追う。
 ――――似てる。
 黒い髪、深いセピアの瞳。普段の服装も暗色系だった。赤を連想させる容姿ではないのに。
 炎を見ていれば見た分だけその存在を身近に感じる。火が与えてくれる暖かさは彼の体温に思える。手を伸ばせば火に焼かれるのではなく、彼に触れられるのではないかという気さえしてくる。その内に幻聴まで聞こえてきそうだ。
 現実にはなり得ぬ妄想だ。苦笑を唇に刻んだ。いまごろ彼は片恋の相手と何処かの宿で休んでいるだろうに。
 変なの。この場にいない人間を焚き火を見て思い出すなんて。まるで本当に……。
「――リナ……?」
 何かを確かめるような声に思考を中断させられた。焦点をガウリイに合わせる。
 そう言えば彼と向かい合い座っていたのだった。彼にしてみれば、ずいぶん失礼な思い出し方だ。
「なに」
 ガウリイは何故か目を泳がせた。彼女の真っ直ぐな視線に戸惑ったように、あるいは怯んだように。
「あ、いや……。火に当たってたら眠くなってきたから、やっぱり寝るな」
 よっと、と掛け声を掛けて腰を上げる。その彼の動作に合わせ言う。
「ん。おやすみ」
 内心を隠す為に瞼を一瞬だけ閉じた。
 どんなに親しくとも――親しいからこそ。独りになれるようで安心したという素振りなど見せられない。
 ガウリイが悪い訳ではない。ただ、もうすこしだけ。炎を見ていたい。ひとりで。
 彩を変え艶やかに舞う炎を見つめていたい。炎から連想する男に思いを馳せていたい。どこから――どんな感情から来る思いなのかを考えていたい。踊る炎に心を奪われていたい。
「ああ。おやすみ」
 功を奏したのか、彼は常と変わらぬ調子で応じた。
 リナは就寝の挨拶を交わしたきり相棒の存在を忘れ、また火に魅入った。少女を気に掛けながら元いた場所へ戻るガウリイを目で追いもしない。まるで炎に恋焦がれているかのようにじっと見つめている。
 どうしてだろう。問いを自らに投げかける。
 旅の途中にたかだか数度鉢合わせしただけ(にしては色々な事件に巻き込まれたが)の男なのに。どうしてこんなにも気に掛かるのか。
 少女は炎を見つめ物思いにふける。同じ頃、脳裏に描いている存在が同じように火を見て少女を思い浮かべているとも知らず。
 夜は静かに更けていった。




















――終。

稿了 平成十六年二月十六日月曜日
改稿 平成十六年二月二十二日日曜日