あのひとは雨に似ている。 正確に言えば雨音だ。雰囲気が、まるで雨音のよう。 雨の日はきらい。夏だと最悪だ。むしむしベトベト暑苦しい。冬なら寒さ倍増でやっぱりきらい。ジーンズを穿いて出かけると濡れて重くなるし足にべったり貼り付くし。 だけど今日みたいな夜は別。暑くない日の夜に降る雨なら好き。夜だと出かける予定なんて無いから。思う存分雨音に耳を澄ませられる。夜だから静かだ。雨音以外なにも聞こえない。限りなく静寂に近く、孤独に程遠い空間だ。 気づけば近くにいる。余計な言葉は一つもなくて、ただ傍らに。圧迫されない確かな存在感を感じる。干渉もされない。行動を制限されず束縛もない。そんなところが雨音に似ている。激しい豪雨は別だけど。しとしと降る雨、気づけば降っていて気づけばやんでいる。そんな雨音にとてもよく似ている。 人恋しくはない。会いたいとも思っていない。寂しくもない。ただ、すこしだけ。あまえてみたい、のかもしれない。ここにはいない人に。雨音を聞いて、あのひとを思い出すこんな夜は。 冷たくて心地いい。微妙な距離と空気を震わせる水に似た透明な声を連想する。気配を感じるとそこにいる。近くにいると錯覚できる。上手にだまされる。 雨音はあのひとに似ている。雨が降る夜は息遣いを感じる。あのひとの気配があたしの狭い世界に満ちていく。雨音に包まれ安心して眠りに落ちる。雨音はあのひとと同じ。傍らにいないあのひとの代わり。 月明かりも星明かりも、ひとけも、ぬくもりも無い夜だけど。雨が降っているから。 あのひとに抱かれて夢を見る。朝まで醒めない夢を。 |