忘れたはずの痛みを思い出した。 おかげで目覚めは最悪だった。もともと寝起きは良くない。いや、かなり悪い。眠りから覚めても、しばらくベッドの中でぼんやりしている。頭も体もなかなか動き始めない。 野宿では熟睡しない分、いくらかマシだ。そう考えると無理してこの町まで急いだ昨日を悔やんでも悔やみきれない。 雨の野宿は急いだ甲斐あって避けられた。不幸中の幸いと取るべきだ。重苦しい気分はさて置くにしても、ひとまず風邪を引かずに済んだ。 外は雨。夜半過ぎから降り出して未だやまない。室内は朝なのにランプが必要なほど暗い。作りたての食事が美味しさ半減だ。食が進まない理由の一つ。他にもう一つ、目覚めからずっと引きずっている。 「リナ? 具合でも悪いのか」 自称保護者が向かいの席から問いかけてきた。彼はあらかた食べてしまったらしい。空の食器が乱立している。どうやらずいぶん長く食べる手を止めていたようだ。あたしの分の料理は半分も減っていない。 「そうじゃないけど……」 食べたいと思わない。空腹を感じない。心も体も食べ物を欲していない。 手前の豚ミンチの香草包み焼きを無意味にフォークでつつく。 席はほとんどが四人掛けのテーブルだ。例外はカウンター席のみ。混雑が少ない朝の時間帯、四人席を二人で陣取っても罪悪感に苛まれようがない。 ただ、スカスカする。落ち着かない。いつも身につけているお気に入りのイヤリングを片方なくしたような違和感と居心地の悪さ。もちろん例えだ。イヤリングは両方ともある。足りないのは、さみしさの正体はイヤリングではなくて。 元気で笑っていたから。今もこの世界のどこかで生きていると束の間、錯覚した。 「ねえ、ガウリイ。嘘と夢って似てると思わない?」 真実を歪めてできる嘘。現実に限りなく近い夢。どちらも本物ではない。どんなに精巧でも真実や現実になりえない。 真実だと思い込んでいたものが嘘だと知ったとき。起きて今まで見ていたのは夢だと知ったとき。味わう喪失感は同じ。足は確固たる地面を踏みしめていなかった。足場が崩れ不安定な姿勢で落胆と悲しみに支配されて、一人で立てなくなる。 嘘は嘘のまま、夢は夢のままで。どうして続いてくれないのだろう。知らなければ疑いもしない。幸せな幻を信じていられる。 ガウリイはぽかんと口を開けこちらを凝視している。無理もない。それまでの会話をまるで無視した発言だった。あたしだとて相棒から急に言われたら気が触れたかと思う。 ダメね。喪った痛みを忘れたはずなのに。 戻れない過去を振り返り現実から目を背け逃げている。虚構の世界に浸っていれば傷つかないから。 自分らしくない。後ろ向きで閉鎖的、不健康な思考だ。 苦笑して料理に意識を戻した。 「なんでもない。食べないともったいないわね」 言ってもそもそと食事を再開する。 料理はすっかり温もりを失っていた。残せば食事代の支払い分をまるまる捨てるのと同意だ。損得勘定をしなければ完食できそうにない。 冷たさが、舌に伝わった。 |