ミルガズィアさんは、いつものようにパソコンに向かって仕事の真っ最中。あたしもいつものようにソファに座って雑誌を広げている。今日が発売日のファッション誌だ。学校帰り、ここへ寄る前に買ってきた。 そろそろマフラーを出さないと。下校時はともかく登校時が寒い。ぱらりぱらりとページをめくりつつ新しいのを買おうかと考える。 寒いと言えば。 雑誌からスカートのポケットに手を移動させる。中を探るが無い。ブレザーのポケットにも無い。ソファに乗せたバッグを開ける。リップなどを入れている内ポケットを探すと――あった。スカートのポケットでは溶けると思って鞄に入れたのだった。 取り出したるは一個の飴玉。リンゴ味。喉飴という名目で売り出されているが、他にもレモン味、グレープ味など、味付けされている。効果のほどは疑わしい。 朝晩が冷えるようになり空気も乾燥してきた。朝のホームルーム時に、起きたとき喉が痛むと友達に話したらくれたのだ。そのときはありがたく頂戴して鞄に入れ(ホームルームが終わればすぐ授業が始まる。授業中に舐める度胸は無い)、それきり忘れていた。 ピリリと袋を破り飴を口に放り込む。甘い。やっぱり効果は期待できなさそうだ。尤もいまはそれほど喉は痛くない。気休めでも充分だ。 「随分甘い匂いがするな」 腕がソファの後ろから伸びてきた。抱きしめられて肩越しに振り返る。 「しごとは?」 「終わった。……飴か」 テーブルの上の袋(捨てるのを忘れてた)に目ざとく気付いたらしい。ん、と頷く。頷いてから首を傾げる。なにかが引っ掛かる。 飴。アメ。あめ。甘くて美味しい。 唐突にお菓子のイメージが頭の中に広がった。棒付き飴、チョコレート、クッキーにマシュマロ。 飴を舐めているから他のお菓子を食べたいと思わない。ストレスも溜まってないし疲れてないし眠くもない。なのに何故か。食べ盛りの子供でもあるまいし。子供。こども? お菓子が好きなのは子供。子供が好きなのは遊び。遊びは楽しい。楽しいのは悪戯。悪戯をするのは。 「あ」 連想ゲームのようにして思考を繋ぎ合わせていったら答に辿り着いた。そうだ、今日は。 面白そうにあたしを見ていたミルガズィアさんに体ごと向き直る。 「Trick or treat!」 お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ。 昨日の英語の授業で少し触れていた。テストに関係無さそうだったからよく聞いていなかった。すんなり思い出せなかったのはそのせいだ。きょう授業があったら、ここへ来て開口一番に言っていた。お菓子は好きだ。悪戯はもっと。 「ああ、今日はハロウィンか。白い恋人でいいならあるが、どうする?」 いるーと答えると腕が外れた。そのまま離れて台所へ行く。 「行ったの?」 どこへ、とはあえて尋ねなかった。定番の北海道土産だ。白い恋人、六花亭のバターサンド、ロイズの生チョコ。実はどれも食べたことがない。ネットで注文できるのかもしれないが、わざわざ取り寄せてまで食べたいと思わなかった。手間要らずで食べられるなら別問題だ。 ミルガズィアさんは棚から缶を取り出したり、やかんを出したりと忙しく動いている。遅めのティータイムにするらしい。 ころりと飴を口の中で転がす。用意されるまでには舐め終わらなければ。飴と白い恋人を同居させたくない。どう考えても味の不協和音だ。ちゃんと味わわないなんてお菓子にも失礼というもの。 噛むのは嫌いだからひたすら舐める。舌が荒れそうだ。 「いや、もらった」 毎日ここに押しかけているわけではないし、欠かさず連絡しているという訳でもない。あたしが知らない間に旅行や仕事で出ていても気付かない場合だってある。が、どうやら違ったようだった。 ふうんと相槌を打つだけで終わらせる。入手経路がどうであれ食べられるなら何でも構わない。ミルガズィアさんが言わないならあたしの知らない人からもらったのだろうし、ならば余計訊いても意味が無い。案外、ミルガズィアさんも誰にもらったのか覚えていないのかもしれない。人間関係には淡白なひとだ。薄情と言えるほど。 当の彼は細長い缶を持って戻ってきた。白い恋人とふたに書いてある。あたしの隣に腰掛け、テープとふたを取ってから缶をテーブルの上に置いた。どうぞの言葉の代わりに。 うーんと唇を引き結ぶ。食べたいけど食べられない。 「食べないのか」 手を出す素振りさえ見せていないのだから訊かれて当然だ。苦笑して「飴」と一言つぶやく。まだ半分も減っていない。 彼は納得して頷き、――不意に笑みを浮かべた。 あ。なんかヤな予感。とっさにソファに預けていた背を起こす。 「Trick or treat?」 あたしはぴきっと固まった。 無いと答えたら嬉々として悪戯を始めそうだ。だがしかし。如何ともし難い事に無い。学校に持って行ったおやつは全て学校で食べてしまった。飴は一個しかもらわなかった。つまり鞄には何も残っていない。制服にももちろん。 無いものは無いから出せない。救いになるはずだった飴は口の中。どうぞと出せる訳もない。こちらは冗談のつもりでも、じゃあ遠慮なくと言いかねない。無い無い尽くしでどうしようもない。逃げようにも隣に座っているのだから、逃げる前に捕まるのがオチだ。 ダメもとで白い恋人を指差す。 「……えーっと。これ、とか」 ミルガズィアさんの笑みが深くなった。無言のプレッシャー、明らかなノーの意思表示。当たり前だ。ダメに決まっている。出されたお菓子を突き返す真似を誰が許すだろうか。 万策尽きて万事休す。 「無いなら悪戯で構わないな?」 身を乗り出されて反射的に体を逸らす。 「え、え? ちょっと待っ、……!」 待ってくれなかった。バランスを崩しソファに倒れ込む。さほど衝撃が無かったのはミルガズィアさんが背中を支えてくれたおかげだ。おかげと言うのもおかしい。彼に押し倒されたのだから。 大きな影に覆われて目を閉じる。次に目を開けたときには至極楽しそうに微笑むミルガズィアさんに見下ろされていた。口の中には甘さだけが残っている。飴は無い。 「ずるい」 悪戯されてお菓子も持って行かれた。これでは「Trick or treat」と言う意味が無い。 助け起こされた勢いを殺さず、ぼすんと彼の胸に頭から突っ込む。 「何なら返しても構わないが」 「要らない!」 じゃあ返してと言ったら間違いなく絶対に実行に移す。迂闊に冗談も言えない。二人きりの今ならまだしも。彼は人前でも気にしない。最低限のTPOはわきまえているが、冗談や悪戯に手を抜かないのだ。 笑うミルガズィアさんの胸をドンと拳で叩く。堪えた様子も無くまだ笑っている。まったく、この人は。 ある意味、大人げない。子供っぽい。童心を忘れないと言えば聞こえはいい。実際はそんなお綺麗な言葉で片付けられない。巻き添えを食らうあたしが困る。迷惑だと思えないからとても困る。 宥めるように抱きしめられる。怒る気も失せた。熱い頬が冷えるまで彼に寄りかかっていよう。沸騰したと騒ぐやかんも無視して。 口内に残る甘さはまだまだ消えそうになかった。 |
あとがき 日記と同じテンションです。甘い余韻ぶち壊し。イヤンな方はブラウザバックでお戻りを。 べったべたのラブ甘。「残夏」のリベンジ。勝った!(誰に)(……締め切りに?)(仕上げたの当日だけどな) 詳しくは「残夏」のあとがきを参照してください。当時あれを読まれて本当にやると思われた方はいらっしゃったのだろうか。やると言ったらやりますよ。やる気があれば(無かったらやらんのか)。最後逃げたけど。……。スミマセン。 タイトルは苦しんで苦しんでこれ。まさに苦し紛れ。最初は「桜色ドロップス」(元ネタは宇多田ヒカルの「SAKURAドロップス」。つーか素で桜色ドロップスだと勘違いしてました)にしてたんですが、「桜花」と桜の字がかぶるため没に。桜関係ない話だし。元ネタの歌とも全く関係ない話だし。話の中では飴玉が一個しか出てきてないので複数形から単数形に変えて、薔薇色と春色と桃色と迷って最終的にこれで決定。 なんで薔薇と春と桃かと言うと、薔薇色の頬と言うじゃないですか。桜色を没にして代わりに思い付いたのが春色。内容も春めいてるし。でも季節は秋だから春はどうかと思って次に思い付いたのが薔薇色。でもちょっと薔薇だとどぎついかと思って、色なら桃色でも同じかなあと桃色が候補に上がりました。 薔薇色は色と言葉がきつすぎて没。薔薇と聞くと真っ赤な薔薇をイメージしてしまうので。ピンクや白の薔薇もあるのは知ってるんですが。言葉がきついというのは、薔薇という言葉は雰囲気がやわらかくないということです。あくまで私が持っている固定観念ですけども。それに薔薇って耽美とかゴシックのイメージが強いと思うのです。この話にはそぐわないかなと。桃色はリンゴ味の飴なのに桃はおかしいという理由から(細かい)。ついでに果物の桃も連想してしまうので。ピンクにしようかとも思ったんですが、二文字(バラ、ハル、モモ)の方が語呂が良かったため没。サクラは三文字ですが、ピンク色ドロップって字面も語呂もイメージも良くない。良くないっつーか、悪い。夜の歌舞伎町みたいなイメージ(どんなだ)。いかがわしいと言うかいやらしいと言うか。ピンクピンクしたけばけばしい変な印象を受けるのでやめました。で、季節外れで作中の季節からも外してますが、話の雰囲気そのままの春にしました。春なのはお前の頭の中だろというツッコミは甘んじてお受けします。 最後らへんは一行書くごとに甘くなっていくので手がタイプするのを拒否して困りました。甘いの書けない。無理。書けない。甘いのばかり書いていたら感覚も麻痺してくるのかもしれませんけれども。シリアスとか精神系とか書いていたから反動がきつい。たまに(甘いのを)書くからいいんだなんてもう言わない言わないよ。書けないー! ラスト逃げたとか言わないで下さい。詳しい描写なんかできません無理! 誰にでも向き不向きというものはあってね。分不相応なことはしちゃいけないんだ。書くのが嫌だった訳じゃないんです。楽しかったです久しぶりに。でも甘いのはムーリー。要努力、要修行。でも甘いのは無理〜……。言い訳くさい事を書くと、下手に詳細な描写をすると軽く年齢制限入りそうだったので。やらしくしたいわけじゃないのです。よってぼかしました。ぼかしましたさ。書けないって無理ー!(結局そこに行き着く) 何はともあれ。ここまでお付き合いくださり有難う御座いました。 |