本当は何が必要で何が不要なのかも、もうわからないのよ。






過去と未来の交差








 会いたい人に会えない。それはどんな気持ちなんだろう。
 一年に一度しか会えない人を何年も想いつづける。それはどんな気持ちなんだろう。
 考えてもわからなかった。会いたい人にすぐ会えるから――ではない。
 あたしには会いたい人がいない。
「リナ」
 窓は閉まっている。ひたりと手を当てた。冷たい。
 外は暗かった。雨雲が空一面を覆い太陽を隠しているせいだ。夜ほど暗くないが明るいとも言えない。
 雨音は聞こえてこない。すこし寂しい。出かける予定が無い日に降る雨なら好きだ。今日のようにしとしと降る雨であれば尚の事。薄暗い外を薄暗い室内からいつまでも眺めていたい。思考の邪魔にならない静かな雨音を聞きながら。
 クーラーのおかげで蒸し暑くなかった。冷えすぎず暑いとも思わない。最適な室温、最適な湿度だ。だから雨音を聞きたくても窓を開けない。
 窓ガラスはもう冷たくない。体温が移り生温かさを伝えてくる。
 あたし以外の影がガラスに映った。あえて目を合わせない。糸に見える雨を見つめ続ける。
「なに」
 腹の辺りでゆるく手を組まれる。後ろから抱きしめられた格好だ。身じろぎ一つしないでそのままの状態でいた。
 体温は背後から全く伝わってこない。氷のような人だ。暑苦しくなくていい。
「どうした」
 足が痛い。ずっと立っていたから。一時間、あるいはそれ以上だろうか。時計が近くに無いため、わからない。
 腕時計は持っていない。携帯電話はソファーに置いた鞄の中だ。壁掛時計は隣の部屋、この部屋には置かれていない。置時計は寝室の目覚し時計以外に無い。わざわざ移動してまで確かめたくなかった。束縛は嫌いだ。
 時計で時間に縛られ携帯電話で居場所を縛られ他人の言葉や態度で心を縛られる。そんなのはごめんだ。自由でいたい。感情を波立たす日々などうんざりだ。
 七月七日。たなばた。雨が多い日。それも当然で梅雨の真っ只中だ。例に漏れず今日も雨。天の川は水かさが増すらしい。これでは織姫と彦星は川を渡れず会えない。しかし世の中は上手く出来ている。カササギがどこからかやってきて、その身で橋をつくるという。織姫と彦星は無事に会えるわけだ。
「なんでもない」
 カササギなんか要らない。短冊なんか欲しくない。願いなんか無い。
 空の上で誰が会おうが泣こうが知ったことじゃない。あたしには関係ない。
 関係ない。
 目を閉じる。何も見えない。音が聞こえてこないから雨でも晴れでも変わらない。あたしの世界には雨粒も陽射しも風も入ってこない。何も見えない真っ暗闇。たしかな存在は自分と後ろにいる人だけ。
「どうもしないわ」
 力を抜いて寄りかかる。しっかり支えてくれる腕に自由をゆだねる。
 いまはただ氷に溺れていたい。つめたく、ほどこうと思えば容易にほどける束縛に身を浸していたい。何も考えないで、何も見ないで。この闇の中で。
 要らないと言えば離れていく。欲しいと言えば惜しげもなく与えられる。思い通りになる環境にいるあたしに織女と牽牛の気持ちなど理解できるはずがないのだ。


 目を開けても何も見えなかった。光さえも。















――終。

稿了 平成十七年八月十一日木曜日
改稿 平成十九年七月十五日日曜日